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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)3996号 判決 1968年1月19日

主文

被告は、原告に対し、昭和四三年一月三一日限り別紙物件目録記載の建物部分から退去してこれを明け渡し、かつ、昭和四二年四月一日以降右明渡済に至るまで一か月金一万円の割合による金員の支払をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、昭和四三年一月三一日限り、別紙物件目録記載の建物部分から退去してこれを明け渡し、かつ、昭和四二年三月五日以降右明渡済に至るまで一か月金一万円の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

「(一) 原告は、別紙物件目録記載の木造瓦葺二階建店舗権居宅一棟(床面積五七・八五平方メートル、二階四六・二八平方メートル)の所有者である。

(二) 被告は、右建物中別紙物件目録記載の建物部分(以下、本件店舗という。)において電機器具類販売業等を営み、昭和四二年三月五日以降現にこれを占有し、原告に対して本件店舗の家賃に相当する一か月一万円の割合による損害を与えている。よつて、所有権に基いて本訴請求に及んだ。」

と延べ、

被告の抗弁に対する答弁及び再抗弁として、

「(三) 被告主張の(三)の事実は認める。

(四) しかし、原、被告間における本件店舗についての被告主張の賃貸借契約は、昭和四一年二月二一日又は昭和四二年三月四日をもつて合意解除された。その経緯は次のとおりである。

(1)  原告は、本件店舗に隣接する床面積八坪の店舗において薬局並びに化粧品類等の販売業を営んでいるが、現在の店舗では狭隘にすぎ、薬局の設備構造に関する厚生省令所定の基準、(最低六坪の面積を有すること、薬品類と化粧品等とは陳列の場所を明確に区別すること)にそうことが事実上困難であつて、店舗拡張の必要に迫られている。

(2)  更に、明春、原告の長女が学業を終了するので、同女に化粧品類販売の営業をさせたい希望であるが、原告は、このことを、被告に対する本件店舗賃貸当時から、予定していたところから、右賃貸借に当つても、期間を特に同女が学業を修了するまでということで五年間と限つて一時賃貸をした次第である。

(3)  そこで、原告が、昭和四一年初頃、被告に対し、右の店舗拡張等の必要の事情や、そのためには、本件店舗を利用するほかに方法のないこと等をるる説明したところ、被告は原告側の事情を諒承し、昭和四一年二月二一日、原、被告間において、本件店舗賃貸借を合意解除すること、被告は原告に対して同年八月一九日までに本件店舗を明け渡すこと、との合意が成立した。

(4)  ところが、被告は、右明渡猶予期間経過後も、右明渡義務の履行をしないので、原告は、昭和四一年一一月二九日、東京地方裁判所に対し、被告代表者岸清を相手取つて店舗明渡請求訴訟(同裁判所昭和四一年(ワ)第一一五四四号事件)を提起した。右事件係属中、裁判所の和解勧告もあり、昭和四二年三月四日、本件店舗賃貸借契約をあらためて合意解除することとし、かつ、相手方は昭和四三年一月三一日までに原告に対し本件店舗を明け渡すこと、右明渡と引換に原告は相手方に金五万円の支払をすること、との趣旨の和解が成立した。

(五) ところが、岸清は右和解成立数日後には早くも、「本件店舗は会社が借りているのだから、個人として使用している四畳半は明け渡すが、会社の使つている部分は明け渡さない。」などといいがかりをつけて来た。

(六) 法律問題に暗い原告は、元来、本件店舗を法人たる被告に賃貸したものか、それとも、被告の代表者たる岸清個人に賃貸したものか、明確に区別していなかつたが、本件賃貸借契約成立以来、被告が岸清名義で賃料の支払をして来たところから、前訴においては岸清を相手取つた次第であるところ、本件店舗の賃借人は法人たる被告であるとするなら、前叙の昭和四一年二月二一日の合意解除及び昭和四二年三月四日の和解は、いずれも、被告の代表取締役としての岸清がしたものであつて、結局は、被告が合意解除をしたのである。

以上の次第で、原、被告間の本件店舗賃貸借契約は昭和四一年二月二一日又は昭和四二年三月四日には合意解除されたのであり、被告は、原告に対し、昭和四三年一月三一日限り本件店舗から退去して明け渡すことを約したのである。

(七) 仮に、右合意解除の事実がいずれも認められないとしても、被告の前叙一連の行為は賃貸借契約において必要とされる信頼関係を根底からくつがえすものであつて、原告は本訴(昭和四二年七月一日午前一〇時の口頭弁論期日)において予備的に本件店舗賃貸借契約を解除する。」

と述べた。

二、被告会社代表者は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

「(一) 原告主張の請求原因第一項の事実は認める。

(二) 同第二項の事実については、被告が原告主張の如き営業をしていること、被告が本件店舗を占有していることは認めるが、その余の点は否認する。」

と延べ、

抗弁及び原告の再抗弁に対する答弁として、

「(三) 被告は、昭和三六年二月二〇日、原告から本件店舗を賃料一か月金一万円、敷金五万円、権利金二〇万円、期間五年の約で賃借したものである。

(四) 原告主張の(四)ないし(七)については、原告より岸清個人を被告とする原告主張の訴訟が提起され、和解勧告の結果、和解が成立したこと、右和解後、本件店舗は被告会社において賃借しているものである旨の主張をしたことは認めるが、その余の点は、すべて否認する。」

と述べた。

三、証拠(省略)

理由

一、原告が本件店舗の所有者であること、被告が本件店舗において電機器具類販売業を営み、現に本件店舗を占有していることは、いずれも、当事者間に争いがない。

二、ところで、被告は、本件店舗の占有権原として、賃借権を主張する。

昭和三六年二月二〇日、原、被告間において、本件店舗につき、賃料一か月金一万円、敷金五万円、権利金二〇万円、期間五年の約で賃貸借契約が成立したことは、当事者間に争いがない。しかるに、原告は右賃貸借契約は昭和四一年二月二一日又は、昭和四二年三月四日をもつて合意解除されたと主張し、被告はこれを争うので、以下、判断する。

いずれも成立に争いのない乙第一号証、甲第二ないし第四号証並びに原告本人及び被告会社代表者本人の各尋問の結果(但し、被告会社代表者本人尋問の結果については、後期措信しない部分を除く。)を総合すれば、次の各事実が認められる。

すなわち、

(1)  もともと、本件店舗賃貸借契約なるものは、被告の代表取締役である岸清のいとこにあたるという人から、原告に対し、「うちのいとこが電気屋をやつているのだが、本件店舗を貸してやつてくれないか。」との申入れがあり、原告においてこれを承諾した結果、成立したものであつで、法律にさして明るくない原告としては、その電気屋なるものが会社組織か、それとも、個人企業かなどという点についてまでは明確に認識せずに要するに、電気屋の岸に本件店舗を賃貸したものであること、

(2)  他方、被告にしてからが、株式会社とはいうものの、実質的には岸清の個人企業であつで、ただ、税金対策上会社組織にしたにすぎず、岸自身、後記念書においては賃借人として「岸清」と表示していること、

(3)  原告は、本件店舗の隣で医薬品販売業を営んでいるが、競争店に対抗して売上げを伸ばすためには、店舗の拡張が必要なので、岸に対して期限の昭和四一年二月二〇日には本件店舗を明け渡してくれるよう申し入れたところ、岸が「今すぐといわれても困る。」というので、あと、半年待つこととし、昭和四一年二月二一日、岸から「昭和四一年八月一九日までには必ず明け渡す。」旨の岸清名義の念書(甲第二号証)を得たこと、

(4)  ところが、右約定の昭和四一年八月一九日が過ぎても、岸は本件店舗の明渡をせず、しかも、同年九月以降は家賃を原告に提供しないで、じかに法務局に供託するに至つたので、原告は同年一一月二九日岸を被告として本件店舗の明渡請求訴訟(東京地方裁判所同年(ワ)第一一五四四号)を東京地方裁判所に提起したこと(右訴訟提起の点は、当事者間に争いがない。)

(5)  そして、右訴訟の係属中、昭和四二年三月四日、裁判所の勧告により、原告の代理人である星野弁護士と岸との間で、「<1>本件店舗賃貸借契約は昭和四二年三月四日をもつて合意解除する。<2>被告は、昭和四三年一月末日限り、本件店舗を原告に対して明け渡す。<3>被告は、右明渡済に至るまで毎月末日限り一か月金一万円の割合による使用損害金を支払う。」との趣旨の和解が成立したこと(右和解成立の事実自体は、当事者間に争いがない。)

(6)  右和解の際には、本件店舗の賃借人の名義が契約書(乙第一号証)上被告会社名義になつていたことは別段問題とされなかつてが、被告会社の代表取締役でもある岸清自身、特に個人としての岸と被告会社代表取締役としての岸とを意識的に区別し、後者としての資格を除外して右和解に応じた趣旨ではないこと、以上の各事実が認められ、被告会社代表者本人尋問の結果中右認定に反する部分は借信することができず、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

以上認定の各事実を総合して考案するときは、本件店舗賃貸借契約は、おそくとも、前認定の昭和四二年三月四日の和解をもつて合意解除され、岸清個人はもとより、被告会社もその代表取締役である岸清を通じて本件店舗を昭和四三年一月末日限り明け渡すべきことを原告に対して約したものと認められる。従つて、その余の点について判断するまでもなく、被告会社は昭和四三年一月末日限り本件店舗を原告に対して明け渡すべき義務がある。

三、そして、被告会社代表者本人尋問の結果によれば、本件店舗は被告会社及び岸清の共同占有にかかるものと認められるから、右両名は、前認定の和解成立の日の翌日である昭和四二年三月五日以降、原告に対して、各自、一か月金一万円の割合による使用損害金を支払うべきところ、原告本人尋問の結果によれば昭和四二年三月分の損害金一万円は岸清において、すでに支払済であることが認められるから、被告会社は昭和四二年四月一日以降本件店舗明渡済に至るまで一か月金一万円の割合による損害金を原告に対し支払うべき義務がある。

四、よつて、原告の本訴請求は、右認定の限度内で正当として認容すべく、その余の請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条但書に従い、主文のとおり判決する。

(別紙)

物件目録

東京都練馬区氷川台三丁目九三番地所在

家屋番号同町九三番一四

木造瓦葺二階建店舗兼居宅  一棟

床面積  一階五七・八五平方メートル、

二階四六・二八平方メートル

の一階のうち

公道に面して左側、間口三・六メートル、奥行約九メートルの床面積三一・六八平方メートル

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